INTERVIEW 業界別起業家インタビュー
独自のプラットフォーム戦略が生み出すイノベーション
日本の外食産業に新たなスタンダードを創造する
株式会社きちり 代表取締役社長 平川 昌紀
1998年、平川氏が29歳のときに設立した「きちり」。同社は2007年に株式上場を果たし、いまや関西・関東に61店舗を展開する外食チェーンへと成長を遂げた。軸となるカジュアルダイニングKICHIRIは、F1層の女性を中心に高い支持を得る人気店として話題を集め、その他にも10以上の業態を展開する。さらに大手健康機器メーカーのタニタと業務提携を行い、2012年1月に「丸の内タニタ食堂」をオープンした。「外食産業の新スタンダードの創造」という壮大な到達点に向けて、きちりが描く成長戦略とは何か。代表の平川氏に話を聞いた。
※下記はベンチャー通信46号(2012年3月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
―御社が「外食産業の新スタンダードの創造」を目指している理由を教えてください。
平川:外食産業にイノベーションを起こしたいと思っているからです。日本で外食事業が産業化されたのは約40年前。この間、産業構造はほとんど変化のないままに進んできました。日本の外食産業は、最初にスタートした頃と同じ枠組みのまま推移しているのです。しかし、その枠組みがこれからも続いていくとは限りません。必ず新たなムーブメントを創ることができるし、創るべきだと考えています。
―どのような方法でイノベーションを起こそうとしているのですか?
平川:外食産業は成熟ビジネスなので、小さな企業が新しい枠組みを創ろうとしても難しい。まずは店舗数を積み上げて、企業規模を拡大させるしかありません。具体的には、M&Aで他社を買ったり、フランチャイズビジネスで店舗数を増やす方法がありますが、もっと良い方法があるはずだと思いました。業界のこれからの変化と可能性を前提にしたときに、どのような方法が最もふさわしいか。そこで考えたのが、独自の「プラットフォーム」を作ること。それを利用して、既存の産業の枠組みを超えた新たなダイナミズムを創り出す。私が起業した目的は、そこから始まっているのです。
―「プラットフォーム」によるダイナミックなビジネス展開とは、どのようなものですか?
平川:それが形になった例があります。今年1月、健康機器メーカーの株式会社タニタと業務提携し、「丸の内タニタ食堂」を出店しました。この提携は当社のプラットフォーム戦略を最大限に活用したコラボレーション。健康をテーマにした新しいタイプのレストランとして、オープン以来、連日行列ができるほどの人気を集めています。タニタさんは健康機器の分野ではトップメーカーですが、外食ビジネスの経営リソースやノウハウは乏しい。そこで、「健康メニュー」というタニタの社員食堂のコンセプトを当社のプラットフォームに乗せてもらい、競合優位性をもちながら、効率的な店舗運営を可能にしました。
―「プラットフォーム」の内容について、もう少し詳しく教えてもらえますか。
平川:産業の"生態系"そのものを自社の中に構築するという新たな枠組みです。 私たちの考えるプラットフォームには、3つの要素があります。1つめは「バックオフィス」。各店舗には必ず小さな事務所があり、スタッフの給与計算などの事務作業を行っています。また、店舗デザインや人材採用などの業務は本社オフィスで行っています。これら店舗に直結した管理部門を、プラットフォームの 一 要素としてシステム化・効率化しています。2つめが「バックヤード」。これは、食材などの調達や商品の物流などの仕組みです。大量仕入れと自社物流によって、コストメリットと柔軟性を両立し、プラットフォームの 一 要素として確立させています。 そして、3つめが「バックアップ企業」です。当社は単にお取引先の数を増やすだけでなく、お取引先と良好な関係性を築いています。そこから互いのメリットにつながる"協働"が自然と発生し、クオリティとコストの両面で好循環を生み出しています。以上の3要素を 一 体的に活用することが、私たちの「プラットフォーム戦略」です。このプラットフォームと強いブランドを組み合わせれば、企業単独で出店する場合に比べて、あらゆる点で優位性を生み出せる。そして、この戦略の実行プロセスこそが「新たなスタンダードの創造」につながると考えています。
―そういった戦略はどのように生まれたのですか?
平川:先ほど話した3要素は、私が創業したときに「欲しかったけれど、なかったもの」なのです。当時、私は従業員の給与計算を店舗の裏にある小さな事務所でやっていましたが、作業量が多くて寝る暇さえありませんでした。人材採用にも苦労しましたし、優秀なデザイナーは仕事を受けてくれませんでした。つまり、「バックオフィス」機能が弱く、システム化されていなかったのです。これらの課題は「バックヤード」と「バックアップ企業」についても同じです。創業当初は私が毎日市場に行って、食材の仕入れをしていました。しかし、安くて良い材料はなかなか手に入らない。取引についても、大手企業からは相手にされない。だからこそ、この3要素の重要性を確信したのです。
―御社の企業規模の拡大にともない、それら3つの要素を強化していったわけですね。
平川:そうですね。プラットフォームを強化するために、直営店舗のチェーン展開を進めたわけです。つまり、起業から現在に至るすべてのプロセスが、ビジョンからの逆算なのです。店舗数の拡大自体が目的ではありません。ですから、「居酒屋のきちり」といった捉え方は大間違い。まったくの誤解です。
―では、平川さんの起業の経緯を教えてください。
平川:私はずっと、「社会に変革を起こしたい」という想いを抱き、起業を考えていました。そして、構造に誰も手をつけていなかった外食産業だからこそ、イノベーションを起こしやすいと思ったのです。でも、学生のときに「将来は外食産業でイノベーションを起こしたい」と友人に説明しても、まったく理解されませんでした。インターネット業や広告業の方が多くのチャンスがあるはずだと。でも私は絶対にこれだと確信して、学生時代から目標としてきたのです。その過程のなかで、すでに「きちり」という社名は頭にありました。中国三国志で乱世の奸雄(かんゆう)と呼ばれ、後に魏王となった曹操孟徳の幼名が「吉利(きちり)」です。将来は曹操のようなリーダーシップを外食産業で発揮したい、という願いを込めて名付けました。
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