INTERVIEW 業界別起業家インタビュー
「ヤンチャな青年」が「障がい者支援の事業家」へ成長
社会から応援される “新しい起業のカタチ"に挑め
セルフ・エー株式会社 大島 公一
Sponsored セルフ・エー株式会社
やりとげたいことが具体的にあるわけではない。「でも、なにかやってみたいんだ」。そんな想いに駆られている若い世代に向け、セルフ・エー代表の大島氏は「障がい者に活躍の場を提供する事業を立ち上げてみないか」と呼びかける。同氏は起業しては失敗を繰り返し、借金3億円を背負ったことも。しかし、障がい者支援事業と出会い、起業家として大きく成長できたという。そんな同氏に、メッセージの具体的な内容を聞いた。
※下記はベンチャー通信71号(2018年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
埋もれている有能な人材に活躍する場を提供する
―大島さんは若い世代に向けて、「障がい者の就労継続支援A型事業所」を立ち上げるカタチでの起業をすすめていると聞きました。どんな事業なのですか。
企業などから依頼された仕事を障がい者にこなしてもらうことで、就労訓練を施すものです。A型では、障がい者と雇用契約を結び、給料を支払う。つまり、最前線で働くのが障がい者であるというだけで、顧客に営業して仕事を受注し、労働者に生産活動に従事してもらい、利益をあげていく。それは一般的な起業となんの変わりもないんです。
―では、どこが違うのでしょう。
3つあります。ひとつは、社会貢献性の高い事業であり、世の中から応援してもらえることです。就労訓練を通して、その賃金をもとに障がい者が自立。プライドをもって生活できるようにする事業。まだまだA型事業所の数は少ないので、たとえば、自分のふるさとで立ち上げ、地元に貢献するのもアリです。
―2点目の違いを教えてください。
業種や職種によらずに起業できること。顧客企業がやってほしいことと、雇用した障がい者のできることをうまくマッチングしていくビジネスだからです。起業するときって、たいていは「どんな業界を対象にするのか」の詳細なプランを求められるじゃないですか。でも、「そんなものないけど、起業したいんだ!」と。そんなタイプにはもってこいです。
―3点目はなんでしょう。
スタートアップに立ちはだかる人材と資金の壁をクリアしやすいことです。
ひとくちに障がい者といっても、キャリアはさまざま。社長として町工場を経営していた人もいれば英語がたんのうな人も。いまは「障がいがある」というだけで埋もれてしまいがちな、そうした人たちに活躍の場を提供するのがA型事業所。経営の視点でみれば、優秀な人材を確保するのに有効といえます。
また、A型事業所には、雇用した障がい者の数やサービス内容に応じて給付金が国から入ります。それをアテにするのはNGですが、資金面で余裕をもてるでしょう。
ひとくちに障がい者といっても、キャリアはさまざま。社長として町工場を経営していた人もいれば英語がたんのうな人も。いまは「障がいがある」というだけで埋もれてしまいがちな、そうした人たちに活躍の場を提供するのがA型事業所。経営の視点でみれば、優秀な人材を確保するのに有効といえます。
また、A型事業所には、雇用した障がい者の数やサービス内容に応じて給付金が国から入ります。それをアテにするのはNGですが、資金面で余裕をもてるでしょう。
―しかし、福祉関連の専門知識が必要なのではありませんか。
必要最低限の知識は、僕たちの提供している研修サービスで身に付けられます。研修だけでなく、障がい者や障がい者をマネジメントするスタッフの募集、請け負う仕事の紹介、行政への申請手続きを含め、A型事業所の開業・運営を全面的にサポートしています。
300人のスタッフが去り3億円の借金を抱える
―そこまでして、大島さんがこの事業の輪を広げていこうとしているのはなぜですか。
僕を起業家として成長させてくれた事業だからです。昔の僕は、つぶしてしまった事業も多い。そのなかで3億円ほどの借金を抱えたこともあります。でも、おカネは失ってもまた稼げばいい。失ったら戻らないのがヒト。障がい者支援に出会う以前、僕のもとを去って行った従業員を合計すると300人ぐらいになる。原因はすべて僕の未熟さ。「なんで働かないんだ!」ってプレッシャーかけてばかりでしたからね。
そんななか、たまたま障がい者ふたりを雇うことになりました。物理的にできないことがある人に、上から「やれ!」とプレッシャーかけたって無意味です。ふたりとコミュニケーションをとりつつ、どんな仕事をやりたいのか探りながら調整していった。そうしたら仕事はうまくいった。
そう、最初からすべての従業員にそうやって接するべきだったんです。中学校のころからヤンチャしてた僕にとって、他人のことを本当におもんばかって、ものごとを進めたのは初めての経験。そのとき「障がい者支援事業を一生の仕事にしよう」と決めたんです。
これから起業しようとする人たちは、この事業にトライし、世の中から応援されつつ、経営者として成長していってほしいですね。
そんななか、たまたま障がい者ふたりを雇うことになりました。物理的にできないことがある人に、上から「やれ!」とプレッシャーかけたって無意味です。ふたりとコミュニケーションをとりつつ、どんな仕事をやりたいのか探りながら調整していった。そうしたら仕事はうまくいった。
そう、最初からすべての従業員にそうやって接するべきだったんです。中学校のころからヤンチャしてた僕にとって、他人のことを本当におもんばかって、ものごとを進めたのは初めての経験。そのとき「障がい者支援事業を一生の仕事にしよう」と決めたんです。
これから起業しようとする人たちは、この事業にトライし、世の中から応援されつつ、経営者として成長していってほしいですね。
―山根さんは東京で会社員をしていたのが、27歳で退社。地元で起業したそうですね。その動機を聞かせてください。
もともと独立志向が強かったんです。そのとき、ある人からA型事業所のことを紹介されて。以前から、障がい者福祉には関心があったんです。会社員時代、同期入社で仲のよかったメンバーがうつになってしまい、出社できなくなってしまった体験がありましたから。
―業績は順調に伸びていますか。
そうですね。2年目の売上高が約1億5000万円に達しました。早い段階で軌道に乗ったのは、たまたま私の地元が競合の少ないエリアだったということと、セルフ・エーさんの的確なアドバイスのおかげでもあります。「銀行に提出する事業計画書の4年目の売上高予想はいくらにしたらいいか」とか、立ち上げのころは、毎週1回は電話して相談していました。今後はさらに事業所を増やし、県内全域をカバーしたい。そうして、ひとりでも多くの人を支援したいですね。
―障がい者支援事業の業績は順調に伸びていますか。
はい。いま5年目で、石川県金沢市をはじめ6事業所を展開。年商は約2億7000万円です
―どんな面で苦労がありましたか。
障がい者のマネジメントですね。最初は勝手がわからず、悩むこともありました。でも、セルフ・エーの大島代表に相談に乗ってもらって。たとえば、「誰かの声が聞こえる」という人に、「なにも聞こえないよ」などと否定してはいけない。「私には聞こえなかったが、あなたには聞こえたんですね」と受け入れればいい、といった的確なアドバイスをもらえた。それで乗り越えられたんです。
―どんないきさつで障がい者支援事業を始めたのでしょう。
じつは、大島代表とは小学校以来の友人。彼からすすめられて始めたんです。あの、ヤンチャだった大島君が、真剣にこの事業に取り組んでいる。「私も仲間になりたい」と強く思えたのです。
PROFILE
プロフィール
大島 公一(おおしま こういち)プロフィール
1982年、石川県生まれ。2002年、20歳のときに起業。その後、複数の会社の役員に就任。2009年に障がい者を雇用したことをきっかけに、2010年に障がい者支援事業に乗り出す。2012年に、就労継続支援A型事業所の開業・運営を支援するセルフ・エー株式会社の代表取締役に就任し、障がい者が活躍できる社会の創造にまい進している。
企業情報
設立 | 2010年11月 |
---|---|
資本金 | 700万円 |
従業員数 | 11名 |
事業内容 | 就労継続支援A型事業所の開業・運営支援事業、業務開拓事業(加盟店数:43施設) |
URL | http://www.self-a.net/ |
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