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株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー 高宮 慎一 / 株式会社トリドールホールディングス 代表取締役社長 粟田 貴也 / KLab株式会社 取締役会長 真田 哲弥

【Best Venture 100 カンファレンスレポート】「コロナ禍」でもピンチはチャンス、こうした変化に必ずニーズは眠っている

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー 高宮 慎一 / 株式会社トリドールホールディングス 代表取締役社長 粟田 貴也 / KLab株式会社 取締役会長 真田 哲弥

グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの高宮氏をモデレーターとして、KLabの創業者・真田氏とトリドールホールディングス創業者・粟田氏をパネリストとして迎えたトークセッション。「ベンチャー流危機の乗り越え方」をテーマに、真田氏・粟田氏が起業家人生における最大の危機をいかに乗り越え、何を学んだかを高宮氏が深掘る聞き応えある内容となった。
※下記はベンチャー通信82号(2021年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ
代表パートナー
高宮 慎一 たかみや しんいち
株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)では、コンシューマー領域およびヘルスケア領域の投資を担当。投資先に対して、ハンズ・オンでの戦略策定、経営の仕組化、組織づくり、国内外の事業開発の支援を実施。Forbes Japan's Midas Listの2018年版「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」1位に選出された。


株式会社トリドールホールディングス
代表取締役社長
粟田 貴也あわた たかや
1985年、焼鳥居酒屋「トリドール三番館」を創業。1990年、有限会社トリドールコーポレーション(現:株式会社トリドールホールディングス)設立。近年はセルフ式讃岐うどん専門店「丸亀製麺」を中心に店舗を展開し、2008年、東証一部上場、2016年、株式会社トリドールホールディングスへ商号変更。現在、国内外において1,700店舗以上を展開。


KLab株式会社
取締役会長
真田 哲弥さなだ てつや
1997年、ACCESS Inc.在籍当時、iモードの仕様策定や開発を担当した後、1998年、世界初のモバイル専門のコンテンツプロバイダである株式会社サイバードを設立。2000年にIPO。株式会社ケイ・ラボラトリー(現:KLab株式会社)を設立、代表取締役CEOに就任。2011年、KLab株式会社をIPO。2019年から現職に就くとともに、スタートアップ企業の育成などにも携わる。

経営の危機を迎えても、それぞれ突破口を見いだす

 「起業家人生における最大の危機は?」という高宮氏の質問に対し、真田氏は「現在のKLabを設立したとき」と回答。2000年、まだ携帯電話そのものが大して普及していなかった時代に、真田氏は「この手のひらの上に乗る電話機がこれからコンピューティングの中心になる」と予見。その熱い想いをもって、携帯電話向けソフトウェア研究開発部門として、ケイ・ラボラトリーを設立した。しかし、iPhoneが発売されるのはそれから7年経ってからのこと。当時の携帯電話はiPhoneレベルにはほど遠く、「ソフトウェアをつくってもそれを使うハードウェアがない」という状況に。簡単に言うと、早すぎたのである。
 一方の粟田氏は、「鳥インフルエンザの流行だ」と振り返った。焼き鳥屋からスタートしたトリドール(当時)は、順調に同業態の店舗を展開。「上場すれば資金が増えて出店スピードがさらにアップする」と考え、着々と上場準備を進めていた。そして、上場まであともう少し……だった2003年に鳥インフルエンザが猛威をふるったのである。顧客がパタッと来なくなり、売上が半減以下という店舗が続出。「上場基準をクリアすることはできない」と、2004年、目の前にあった上場を断念。失意の日々を過ごすことになった。

 しかし、そこで終わっていれば現在の両氏はいない。高宮氏の「どう乗り越えたのか」の問いに、真田氏は「受託開発で事業を拡大しつつ、次の転機を待った」。粟田氏は、「創業の焼き鳥業態から、2店舗ほど展開していたセルフうどん業態『丸亀製麺』に主軸を移した」と語った。

 やがて真田氏は、ソーシャルゲームが流行り出した2009年に自社でゲームをリリース。それがヒットタイトルになり、同社の現在を築く転機に。そして、2011年に東証マザーズに上場、2012年に東証一部に市場変更した。

 一方の粟田氏は、当時建設ラッシュだったショッピングモールに製麺を実演するスタイルの丸亀製麺を出店したところ、大行列に。手応えを感じた同氏は、うどん以外に「店内製麺」というスタイルでラーメン、パスタ、焼きそばと業態を開発し、次々と繁盛店に。2006年、東証マザーズに上場してリベンジを果たし、2008年に東証一部に市場変更した。

想いを共有していれば、メンバーが助けてくれる

 このように危機を乗り越えた両氏だが、その最大要因として「メンバーがついてきてくれたから」とクチをそろえる。真田氏は「携帯電話の時代がくる」と熱く語ったからこそ、それに共感した優秀なエンジニアが集まり、後のヒットタイトルにつながった。粟田氏も、焼き鳥屋にこだわらず「お客さまを喜ばせるために、飲食の世界でさらなる成長を遂げよう」という想いを共有したからこそ、店舗の業態が変わってもメンバーがチャレンジしてくれたという。両氏の話から伝わるのは、「何をするかより誰とするか」。そして、「ピンチはチャンス」だ。

 最後に、コロナ禍で日本中の経営者がまさにピンチを迎えているいま、両氏の経営者へのメッセージでセッションは終わった。

 「コロナによる新しい生活様式は大きな変革であり、ビジネス視点ではチャンス。ぜひ一緒にがんばりましょう」(真田氏)

 「こうした苦境のなかでも、消費者は必ず何かを求めて動いている。ですから、ピンチが来ても必ず大きなマーケットやチャンスがあるので、それを掘り当てていくことが大切だと思います」(粟田氏)
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